コラム
医療・福祉施設における災害時の食事提供と備蓄食品
松月弘恵
東日本大震災が広範囲の地域に甚大な被害を与えた中、給食施設は食事を出し続けた。このシリーズでは今後の災害対策の一助となることを願い、被災地で実施したインタビュー調査から得られた知見を掲載する。

東日本大震災で被災した医療・介護系給食施設の実態②

 東日本大震災が広範囲の地域に甚大な被害を与えた中、給食施設は食事を出し続けた。筆者らは2011年8月に仙台市及びその周辺の中小規模の医療・介護系施設であるCK (セントラルキッチン: 第1回掲載文参照)利用施設8施設と施設内調理施設8施設の計16施設に対し、震災後1ヶ月間の食事提供に関する調査を行った。
今回は第1回目に続きその結果の一部を報告する。

(1)震災前の災害への危機管理体制

 震災時の危機管理体制を表1に示した。食事生産をCKに依存している施設は、食材を調達し施設内で調理する施設に比べて災害時マニュアルの整備や訓練が少なく、災害時献立の日数、備蓄食材も少なかった。しかし、職員用備蓄及び飲用水・調理用水の備蓄が少ないことはいずれの施設にも共通していた。飲用水の備蓄は、推奨されている2L/人3日間に満たない施設が10施設あった。さらに備蓄水は飲水用であり、調理用水を備蓄していたのは1施設、職員用備蓄があったのは2施設のみだった。

表1 震災前の災害への危機管理体制

停電期間

(2)給食生産方式別にみた震災後の食事提供

 震災後CK利用の全施設は1回も食事を欠かすことなく、1日3回食事を提供できたが、施設内調理施設2施設では1日2回食の期間があった。通常の献立を適温提供できるまで給食業務が復旧したのは、3月中は比較的規模の小さい2施設のみで、他は4月以降まで食事提供の混乱は続いた。食事提供の復旧時期は食事生産方針による違いはなかった。CK利用施設では電化厨房が多く、熱源の復旧は早かったが、断水の影響はあらゆる施設やCKでも同じであったため、最終的な復旧時期には差がなかったと考えられる。食事提供には食材、熱源、水やマンパワーが必要であり、どの一つが欠けても給食提供が滞ることが再確認できた。

(3)CK(セントラルキッチン)利用施設における食事提供

 CKでは震災時すでに3月14日までの食事生産が終了しており、被災翌日の12日にはそれらが各施設に配送された。CKは前倒し生産を行っているため、被災後の混乱が大きい3日間の食事が確保できていることへの安心感は大きかったと思われる。院外調理は温かく提供すべき料理は再加熱が必須であるが、停電期間は再加熱できない施設もあった。しかし、災害備蓄食ではなく主食、主菜と副菜の整った食事を提供できた。
 食事生産の拠点であるCKも被災したため生産停止となったが、3月15日以降は広域のネットワークで集荷できた調理済加工食品を2日分ずつ2回配送し、3月19日からはそれらに加えてピューレやゼリーなどの形態調整食を3日分ずつ5回、さらに4月3日からは毎日通常配送した。CK利用施設では比較的早かった電気の復旧とともに温かい食事を提供することができたこと、形態調整食を安定的に提供できたことの意義は大きい。

(4)施設内調理施設での食事提供

 一方、施設内給食施設ではライフラインの遮断とともに、食材入手が困難となり、納品が正常化するまで混乱が長期化した。そのような中、被災直後の3日間は備蓄食材のみを活用した施設は、利用者を連れて避難所に移動した施設を含む2施設のみであった。他の6施設は冷蔵庫・冷凍庫・食材庫や各ユニットに点在していた食材や支援食材を活用しながら食事を提供した。賞味期限を確認して使用できる食材を瞬時に判断して食事を提供しなければならず、管理栄養士・栄養士・調理員らの献立作成能力が問われた。これらの施設のうち被災後3日以内に納品が再開されたのは大手給食会社に業務委託していた複合型高齢者施設1施設のみであった。
 その後被災1週間以内に納品があったのは4施設、1週間後の納品は3施設であり、納品再開時期と直営・委託給食による違いはなかった。食材の調達手段は、平時の取引業者の他に、一般商店の利用、支援物資の活用、農家に出向いての調達、親戚や知人の食材の持ち込みの他、被災企業・農家や商店からの供出もあった。日頃からの業者や近隣との繋がりやネットワークが、有事の際には食材入手状況の明暗を分けた。

次回は、これまで2回の連載で報告した調査結果から得た教訓をまとめてみたい。
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